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極刑論と塗料選択論は、限りなく近い。

2008年6月19日

最近、犬に散歩をさせられている事に気づいた筒井です。 一昔前の漫才などに、 「命を大切にしない奴なんて死んでしまえばいいのに!」 などというネタがありました。 最近風潮からか近所の食事処ですら、奥様方やビジネスマンの会話に 極刑論が繰り広げられております。 昨今の凶悪事件の犯人に同情する点は幾許もなく、 心情的には当然とは思いますが、さらりと死刑にしろという世論こそが、 命を大事にしてないのではないかと思ったりもします。 まぁ、そんなこと言う私も、ハンムラビ法典は良くできてるなと思ったり、 自分が当事者だったら、とてもそれで片付けてしまうだけでは、 やるせないと思いますけどね。 で、何でこんな話かというと、 汚い、傷んだ外壁に塗料を選んで塗るという行為が 非常に極刑論と似ていると思ったからです。 先に述べたことは塗料や塗装の話に置き換えると 「汚いから塗ってきれいにする」 ということに直結します。 塗ってきれいにするだけなら、費用も大きくかかりませんし、 きれいになるとこは良いことです。 しかし、どんな工事になるかはわかりません。 きれいにするだけならペンキを塗ればよいだけなのです。 そこに「どうして剥がれたか」「剥がれないようにするにはどうしたらよいか」の概念はありません。 (どうして事件が起きたのか、どうすれば事件は防げたか、ということに置き換えられます) 「どうして?」「どうする?」を解決するためには 調べる・研究する工程が入ります。 そして、これはこうすればよい、これはこうした方がよい、という 結論にたどり着きます。 剥がれた部分を撤去、素地を整え、膜厚をつけ、表面をきれいにする、 という工程をその事象ごとに組むわけですね。 工程を短縮して塗ることだってできます。 さらに良いものを選択することもできます。 まぁここまで来ると、当然予算という「縛り」が出てきますけど。 しかしそれを、まず予算ありきから話を始めたり、 同じ手順でないものを比較して安さを追及することに、非常に疑問を覚えます。 ペンキを塗ればきれいになるのは周知の事実ですが、それにはこうした背景があるわけであって、 ペンキを塗ってきれいになれば、安いにこした事ないよという考えになることはですよ? 人を殺した犯人を極刑にする。 という直結的な判断と同じではないでしょうか? 多少なりとも家族や過去や仕事、世代や時代といった点で問題がなかったのか 考える必要もあるのではないかと。 しかし、今本当に判断しなくてはいけない内容というものは、 人を傷つけちゃいけないという教育であったり、 物を大切にする考えを培ったり、 相手を思いやる気持ちを養ったりすることが、 「大切なのですよ」 と、こういうときにこそ教えなきゃいけないことなはずです。 連日犯人の境遇を探るばかりで、ひとつもそんなことが出てこない。 残虐な事件から、犯人を逮捕して、しかるべき処置をして終わり。 学ぶ点が一つもない、ということが問題です。 塗装だって、何故その塗料を使う必要があるのかを説明できなきゃいけないはずが、 「この塗料を塗っておけば大丈夫、メーカーも大丈夫って言ってるし、前使ってよかったから」 などという安直な発想で学ぶ点がないのであれば、腕前が廃れていくだけです。 ぜひ、物を大切にする、人を大切にするという点をアピールしてほしいです。 塗装も、とりあえず塗ってきれいにではなく、この先もずっときれいであり続けるように、 塗料の能力を最大限に生かした工事ができるように、筒井塗装は頑張りたいと思います。