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下請けという言葉を履き違えてはないだろうか。

2008年6月10日

ちょうど今、前回工事をさせて頂いた発注元から、新規入札した結果報告を電話いただきました。 「足場が見積時点で百万違うので今回はなかったことに・・・」 あー、やっぱり材料や工事、クオリティではなく金額かぁ、と妙に納得してしまった筒井です。 足場の金額が百万円違う、どうみても私の見積の金額ミスですが、 特に追わないことにしました。 だって前回工事していて、それだけ金額がかかるのをみているの ですから、そんなに利幅を変更しているわけではないのです。 まぁ、前回は特殊工事ということもあって、かなり慎重だったのですが。 やっぱりお見積を書いて、現場が成立しないという事はただ働きになるので、 多少悔しいですが、今回は原油高もありますが、自分のできる最上級なものを 反映した見積だったので、 「安く出来る業者がいるなら、出来るものならみせてもらいましょう」的な気持ちになっています。 前回も安い工事だけじゃだめだからという理由で、うちを指定してくださったんじゃなかったっけ? 本末転倒な入札結果でした。 でも、せめて金額が高い理由があるんだから、プレゼンでもさせて頂きたいものです。 さて、下請け体質がテレビ業界や出版業界でちょっと問題になっているようです。 漫画家さんが出版所を訴えた、というもの。 これが、下請け構造の良し悪しの話に結び付けて、 建設業の下請け構造を例にとり論じている方も結構いらっしゃるんですが、 ちょっと、あれ?と思ったので、書かせて頂きます。 建設業にあてがって考えた時にまず大きく違うもの、それは 「漫画家さんは元請である」 ということです。「出版社は発注元」であるわけです。 発注元は、お客様に満足いくものを提供する会社です。 だから、満足行く物を作るにはどうすればいいか、考えなきゃ行けない。 元請は発注者に「こういったものを作りなさい」といわれるわけです。 それができないところにはもう頼まれないわけです。 それが自分の好んだ作品でなくても、注文に応えなきゃ行けないわけです。 逆に元請は「こういったものも作れますよ、どっすか?」 と提案するものなんですよね。・・・当然、この新規提案にはお金は発生しません。 ここが、 「え?新しい仕事を提案してるのに、お金もらえなきゃおかしくない?」 と思うかもしれません。 そんなわけありません。興味ない人に興味を持ってもらおうとタダ勧めているだけです。 お金をもらえるわけがありません。 これは発注者と元請の相関になるわけです。 元請は企業だろうが個人だろうが関係ありません。 仕事をする相手は発注者からしてみると、手駒の一つなわけですから。 さらに下請け構造の場合。 「元請が下請けに流す時、ピンはねする」という発想、 これは実は皆さん勘違いしてると思います。 下請けがミスると、元請が責任を負うわけです。 責任取れるだけのマージンをもらわないと、 元請は発注者からくる無理難題に対応できないわけです。 ですから、工務店が、電気店、大工、塗装店など、 下の階層に仕事を渡すという行為と同じです。 問題あれば工務店が責任を取るという仕組み (まぁでも問題あれば下の階層に責任がくるんですけどね) これは漫画家がアシスタントに払う給料の構造に近いです。 建築系の下請発想はここからがひどいわけです。 ちょっとやり方がひどい請負構造はこんな感じです。 下請けに出す予算枠があきらかに赤字ライン以下。     ↓ やらないならもう仕事を出さない。(という空気)     ↓ 下請け階層はなくなく仕事をはじめる。     ↓ 下請けがやっぱり出来ないと泣きが入る。     ↓ 元請は出来ないならやめさせる、当然完成しないからお金を払わない。 そして赤字になっても次の大きな仕事をつかみたい下請業者に、ケツを持たせる。     ↓ 最後にやらせた業者に払うだけの金額で品物が完成する。 という、お金を払わなくても、タダや、限りなく低い予算で仕事が完成してしまう構図を持っています。 これはやり方としてひどいですが、下請体質から脱却できないちょっと前の当店がされていたことです。 これが本来の下請け構造を嘆く点であって、 発注者と元請の協力関係を問題視している話とはちょっと違う気がします。 出版社という発注者がいる向こう側に、作品を楽しみにしている読者(=お客様)がいることを、 考えられる余裕がなくなるほど、出版社の態度が横柄で困っていたということでしょうか。 それともみんな大なり小なりそういう不満があるものを、あまりにもひどいので、 表沙汰にしたということでしょうか。 私の主観だけではわからないので、もう少しニュースを見守って、客観的な判断をしてみながら、 様子を伺おうかと思います。 様々なニュースは自分を勉強させてくれますが、客観的に捕らえたり、 意見に洗脳されずに自分の意見を持つということはかなり難しいですね。